新型コロナウイルスまとめ(医師解説)
目次
概要
新型コロナウイルスとは、風邪ウイルスの一種であるコロナウイルスに遺伝子変異が起こり、感染した際の肺炎発症率ならびに重症化率が上昇したウイルスです。このウイルスへの感染によって引き起こされる一連の病気を、COVID-19と言います。インフルエンザウイルスよりも重症化率が高く、感染拡大により皆さまの健康に重篤な被害が出る他、医療施設の重症病床が占拠されたり、感染対策を含めた人員が割かれることにより、医療体制に支障をきたしてしまう事も大きな問題となります。
50歳以上の方、糖尿病患者、肥満患者などで重症化率が上がりますが、若年者でも肺炎を発症し得ます。インフルエンザ肺炎と比較し、肺実質への障害が残存しやすいですし、重症化した際の死亡率や、回復までに要する期間も長いです。
新型コロナウイルス感染と診断された方の中で、重症化率は日本では1.6%となっており、死亡率は1.0%となっております。両者の開きが小さいのも、この感染症の重症患者への治療の困難さを表す特徴です。
また、1.6%が重症化するという事は、新規感染者が500人いれば1日8人の重症患者が生まれるという事です。大阪で500人程度の新規感染者が出ただけで重症病床がひっ迫するのはまさにこのためで、そもそも重症化した患者がなかなか回復しない上に新規の重症患者が毎日出現するので、集中治療室の病床が圧迫されます。
そうなると、日常診療を通常規模で行う事が困難となり、手術が必要な患者に遅れが生じたり、別の病気で重症化した患者が集中治療室に入れない事態となってしまいます。
変異株について
現在、第5波がこれほどまでに急速な拡大と重症化率の上昇を見せている理由として、変異株の流行が挙げられています。
変異株とは、新型コロナウイルスが増殖する中で遺伝子変異が起こり、新たな特徴を持ったウイルスの事です。環境生存性が高い場合に、変異株の方がより増殖する場合もあります。
新型コロナウイルスの変異は複数確認されています。感染拡大に関わる変異株を、順番にα株、β株、、、と名付ける事が決まりました。第4波の中心になったイギリス株(N501Y変異)はα〔アルファ〕株、第5波で感染の中心となっているインド株(E484Q, L452R変異)はδ〔デルタ〕株と名前が付けられました。(変異は遺伝子配列の501番目がN→Y、484番目がE→Qに変化したという意味です )
アルファ株(N501Y変異)
N501Y変異はイギリスで初めて確認されました。感染の際には、ウイルスが気管の表面にくっついて繁殖していくのですが、この変異ではウイルスの持つ吸着装置の吸着力が増すような変化を起こしています。
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このため、気管表面の防御機能やウイルス除去機能に優れる若年者でも従来より重症化しやすく、感染力も強くなっています。
研究により細かな違いはあるものの、おおよそ感染力1.4-1.7倍、重症率1.4-1.7倍程度と報告されています。
ベータ株(E484K変異)
E484K変異に関しては、南アフリカ共和国で初めて同定され、同国ではこの変異を持った株が新型コロナウイルス感染の90%以上を占めています。
この変異の最も大きな特徴は、免疫逃避と呼ばれる機構です。従来の新型コロナウイルスに感染をした方やワクチンを接種した方は、ウイルスの特徴を免疫系が覚えて、新規のウイルスが登場しても速やかに駆逐します。
しかし、この変異を起こしたウイルスは、攻撃する際に目印にしていた特徴を変えてしまっていて、せっかく作成された免疫がウイルスを認識して攻撃する事が出来なくなっています。
こうして、従来株に以前感染した事がある方でも、ワクチンを2回接種済みの方でも、この変異型への感染を起こした事がなければ感染してしまうという事になります。
現時点でこの変異によってより重篤な症状を引き起こす可能性を示唆する根拠はありません。
南アフリカ型、ブラジル型と通称される変異株は、この二つの変異のどちらも有しています。従来株に比べて1.4-2.2倍伝播しやすく、既感染による免疫を25-61%回避可能との解析結果があります。重症化率に関しては現時点で不明です。
δ〔デルタ〕株は、E484QとL452Rという2つの変異を持ち、上記の感染力の上昇と免疫回避の両方の特性を持ちます。
第5波ではこの株が主流となっており、既感染者の再感染やワクチン接種者の感染が問題となっています。
ワクチンの変異株に対する効果
ワクチンの効果に関しては、少しずつ追加報告がなされています。
カタールからの報告では、2021年2月23日-3月18日までの同国での感染は、44.5%がアルファ株(N501Y+)、50%がベータ株(N501Y+,E484K+)という状況でしたが、ワクチン2回接種によりアルファ株を89.5%、ベータ株を75%抑制し、最も重要な点として、重症化率を97.5%抑制できた、とされています。
現在第5波で主流となっているデルタ株に対しては、免疫逃避が問題となっていますが、イギリスからの最新の報告では、ファイザー製ワクチン2回接種で、アルファ株の感染を93.7%、デルタ株の感染を88.0%抑制でき、アストラゼネカ製ワクチンでそれぞれ74.5%, 67.0%抑制できたとされています。
変異株の流行があっても、ワクチンが新型コロナウイルスに対抗する最大最強の武器である事は変わりありません。
ワクチン接種によりいずれの株でも重症化を防ぐ可能性が高いため、接種の広がりにより状況が打開されることが待ち望まれています。
治療について
Covid-19に対する治療は少しずつ変化が見られています。
既存のインフルエンザなどのウイルスに対する抗ウイルス剤や、マラリアの治療剤、免疫抑制剤などが試されましたが、有効性はいずれも限定的でした。
デキサメタゾン(副腎皮質ステロイド剤の一種)の10日間内服に関しては、侵襲的人工呼吸器管理または酸素投与を受けていた患者に対して死亡率を低下させました(41.4%→29.3%)が、呼吸補助を受けていなかった患者に関しては死亡率は変わりませんでした(14.0%→17.8% 統計学的に意味のある差は出ず)。
抗体カクテル療法に関して
抗体カクテル療法ですが、製薬会社の試験結果発表で軽症かつ重症化リスクのある新型コロナウイルス感染者に投与する事で、入院や死亡を70.4%抑制されたとして、日本でも認可が下りました。
新型コロナウイルスに対する2種類の抗体を投与し、体内でのコロナウイルスの増殖を抑制します。
細胞内に入り込んでいないウイルスを捕まえて処分するだけで、細胞内に入り込んだウイルスに対処はできません。なので発症して7日以内の早期投与でないと効果が発揮されません。
中等症以上、つまり酸素投与が必要な肺炎になられている方に関しては、症状を増悪させた可能性があるとして現時点で投与の推奨はされません。軽症および中等症への投与で入院および死亡を70%減少させたという報告もあるため、今後適応は変わっていく可能性があります。
50歳以上、肥満、心血管疾患、慢性肺疾患、糖尿病、慢性腎臓病、慢性肝疾患、免疫不全の方など、COVID-19の重症化リスクが高い方に投与されます。
人工抗体は抗がん剤や慢性関節リウマチの治療薬などですでに実用化されています。標的が絞られるため他のシステムに影響が出にくい一方で、特徴的な副作用として、インフュージョンリアクションと言って、抗体を投与して24時間以内に過敏反応を起こす可能性が0.2%あります。発熱、呼吸困難、頭痛などが中心ですが、呼吸困難や血圧低下をきたす場合もあります。
ワクチンは体内抗体がなくなっても、身体の防衛機構に情報が保存されている(免疫記憶と言います)ため、コロナウイルスの侵入を感知したら再生産される可能性が高いですが、こちらは投与したものが分解されれば効力がなくなります。また、作成される抗体の種類はワクチンの方が多いため、重症化予防効果もワクチン接種の方が勝っています。抗体カクテル療法の位置づけとしては、何らかの理由でワクチン投与が困難な方で、重症化リスクが高い方に対して投与することで、入院が必要な状態となる可能性を下げる、という使用方法になります。
肺保護換気に関して
少し集中治療領域の手前みそな話になります。医師の間では治療戦略としてすでに共通認識がなされているため論文報告には記載されませんが、Covid-19肺炎に確実に有効であると考えられる治療は、肺保護戦略です。
通常の肺炎は、肺胞という空気を交換する袋に細菌が入り込んで増殖し、炎症が起こり、袋の中に膿汁ができる事により、熱が出て、痰が出て、という症状が起きます。袋自体はそれほど傷まないので、抗生剤や自分の免疫が原因菌をやっつけると、きれいに治ります。
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一方でCovid-19は肺胞の袋自体が傷んで腫れて分厚くなったり、広がりにくくなったり、酸素をうまく取り込めなくなったりします。傷んでいる部分と健常な部分が入り混じった状態になりますが、肺炎がひどくなると、患者さんは広がりにくい肺を無理やり広げてたくさん空気をとりこむような呼吸を始めます。
このような呼吸をしても傷んでいる肺は広がりにくく、特に傷んでいない健常な部分の肺ばかりがものすごく引き伸ばされたり縮んだりします。
これがストレスとなり、健常な部分まで摩耗して最終的にはガサガサの繊維のように変化し、広がりにくくなり、ガス交換ができなくなっていきます。
病気肺の拡大と健常肺の損傷により、最終的に傷んだ肺ばかりになると、酸素を取り込めず二酸化炭素を吐き出せなくなってしまいます。
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肥満の方が重症化しやすいのは、胸郭が固く重く、呼吸をする際に力が入りやすいために健常肺が傷みやすいのと、お腹が大きく、就寝時に背中側の肺がつぶれやすい事も一因と考えられています。
Covid-19肺炎の進行によって亡くなる方は、このような肺炎の増悪の経過をたどります。肺障害の進行を防ぐためには、大きな呼吸をさせないことが大切です。また、大きな呼吸をし始めたら早めに人工呼吸器につないで、肺を保護するような小さい呼吸をさせる事で肺障害の進行を最小限にとどめます。
ウイルス自体を駆逐する方法がなく、基本的には身体がウイルスをやっつけるのを待つしかないため、いかに残された肺の余力を温存するか、が大切なのです。
自分の呼吸で肺を傷めないように、早めに酸素を投与して呼吸を助ける、安静に過ごしてもらう、肩や腹筋を使った息の仕方をし始めたら人工呼吸器の使用を検討する、人工呼吸器の設定も肺に優しい小さな呼吸にする、というのが今病院で行われている治療です。
予防について
症状のない方や、ちょっと鼻水がでてのどが痛い、という方でもPCR陽性となる場合があります。感染流行地域では自分も含めてすべての方が無症候性感染者だと思って行動をするのがよいかもしれません。
新型コロナウイルス感染患者に応対していても、お互いにマスクを一度も外さず、短期間の接触で、接触後にきちんと手洗いまたはアルコール消毒をしていれば、感染リスクは低いと言われています。
新型コロナウイルス感染患者から排出された飛沫(エアロゾル)に含まれるウイルスの感染力が最大で72時間残存する事が問題で、多数の人が触れるものに関してはこまめな消毒が必要です。頻回の換気も重要となります。
もし他者と面会中にマスクを外したり、手で接触したりする機会があり、その方に後日新型コロナウイルス感染が発覚すれば、残念ながら濃厚接触となります。速やかにお住まいの地区の保健所に連絡をしてその後の指示を受けるようにしてください。
参考文献:
厚生労働省新型コロナウイルス感染対策アドバイザーリポート
大阪府 変異型PCR検査における陽性の判明について
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N Eng J Med 2021;384:693-704
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doi: 10.2139/ssrn.3779160
Jama 2021 published online Feb 12, 2021
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Interim U.S. Guidance for Risk Assessment and Public Health management of Healthcare Personnel with Potential Exposure in a Healthcare Setting to Patients with 2019 Novel Coronavirus (2020年3月4日版)
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